福岡県福岡市に生まれる。生みの親である母はすでに難病に侵されており、
「自分はたぶんこの子を育てられない。だから、せめてこの子が誰かに愛されるように…」との願いをこめ『愛』と名づける。
生みの親である母を失い、市内の児童養護施設『和白青松園』で暮らす。
このときたびたび施設を訪問しては子供達にプレゼントをしていた川島夫妻に出会う。
母はこのころ流産し、それが原因で子供が産めない体になっていた。
ちなみにここで両親と出会ったのが覚えている最初の記憶。
川島家に養女として引き取られる。
当時は幼稚園に行くだけでも号泣するほどの人見知りだった。
そのため母はその性格を直すために保育士の資格をもつ先生のいる『KaBu音楽学院』に無理やり入らせている。
(この先生は母の相談相手として今後も活躍することになる。)
一週間もするとすぐおとなしくなり、歌を歌い始めるとすぐに笑顔を取り戻すようになった。
音楽学院の発表会で初ステージを飾る。
歌った曲は香西かおりの雨酒場。
地元の小学校に入学する。このころは川島家が一番羽振りがよかった時期で、福岡市内に150坪の豪邸を建てた。
他にも、
などと豪華な生活をしていた。
渥美二郎さん、鳥羽一郎さんのステージ前座で登場。
初恋を経験。相手は近所のワタナベマサオという同級生。
この長くは続かなかった幸せが2番めに古い記憶である。
小5の時、父が肝臓がんで他界。53才だった。
父の代わりに母が会社を引きつぐがすぐに経営難になる。
苦しい生活が始まる。
母に金庫にある会社の書類をとってくるようにいわれ、
その時偶然『戸籍謄本』の写しを見つけてしまい、
初めて自分が養女であることを知る。
とにかく信じられなっかたですよね。これはうそだって…思って、多少の不安はあったんですよ。周りから似てないね、とか言われてたんで。
でも、やっぱり本当の親子だろうっていう風にずっと確信してたんで、まさかって感じでしたね。
誰も信じられなくなり、しばらく誰とも口をきかなくなる。
やっぱりこのお母さんが今の私の本当のお母さんなんだよなって思って、
確かに血のつながりはなくて、本当の両親が別にいるってことはありましたけど、づっとかわってない愛情で育ててくれたので、
こんなにも愛してくれる人が私のお母さんなんだよねって、そこにいきつきましたよね。
アメリカの『カーネギーホール』に史上最年少で立ち、演歌を披露する。
2度目の恋。相手は同級生の山本君で、この時の経験が『525ページ』の作詞作曲に影響している。
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