中学受験をし、中高一貫校入学にする。
数々のコンクールでグランプリに輝く。
作曲をはじめる。
『メロセン』といってメロディーから先に作る方法を使う。
あるコンクールで審査員の1人にスカウトされる。
『十六恋心/あなたに片思い』で史上最年少作曲歌手としてデビューを果たす。
このころはまだ演歌を歌っていた。
地元の番組に数多く取り上げられ、地元では有名になる。
しかしCDはほとんど売れず、学校から帰ってくるとすぐ母に衣装に着替えさせられ、スナックやキャバレーを回り手売りで売った。
母が、リウマチ、神経病、胆石、心臓病、大腸がんなどの持病を持っていたため、病院の入退院を繰り返す。
仕事ができないため、毎日食べるものにも苦労する。
週に一度、飛行機の始発に乗って東京に歌のレッスンに通った。
経済的にも精神的にも大きな負担となった。
中学卒業後、福岡での実績だけでは、日本では戦えないと判断。東京での新たな挑戦を胸に誓い、たった1人で上京する。この時から1年間が人生の中で一番つらかった。
「歌手にならないかんやろ〜」って、「夢をかなえないかんやろ〜」って、もうそればっかり。
お母さんのほうが必死なんですよ。
一生懸命になって。
あとやっぱり歌手になったら、もっと…この生活から抜け出して、楽にさしてあげられるのかなーって思って、いろんなことを考えて決心しましたね。
付属の高校には進学せず東京の堀越学園の芸能コースに進む。
同級生の上戸彩やNEWSの山下、同じクラスだった蒼井優をはじめとする
多くの同級生がすでにデビューを果たしていたために惨めな思いを味わう。
また方言のことなどもからみ、なかなか周りになじむことができず友達ができない。
預かりという形で大手芸能事務所に所属するが、全く展開はなかった。
母との電話では心配をかけぬようおたがいにうそをつきあい、つらい日々を過ごした。
預かりの事務所から「もうバックアップできないかも・・・」の言葉をもらう。東京へたった一人、何のゆくあてもなく放り出される。
毎日泣き続ける。一人になった不安も大きいが福岡で盛大に見送ってくれた人達の顔が目の前に浮かぶ。
「どうしよう!!」張り裂けそうな気持ちになる。
もうくびになったんだって、実感して…もう本当におきざりにされた状態で、これからどうしようって、もう本当に途方にくれた。
渋谷のハチ公前でストリートミュージシャンを見つける。
初めての事だった。聴いてもらうには色んな方法があるんだと思う。
「私もやってみよう」と決意する。
衝撃でしたね。こんな道端で歌ってるんだみたいな風に思って。
その人の歌声が心に響いたっていうか、あの人のようになりたいと思って、じゃあ路上に出るかっていう。
カラオケマイクとラジカセをもって、当時住んでいた場所の近くの東京四ッ谷駅前の橋の上で
「川嶋あいです。歌います。」のような簡単な自己紹介のあとに、
勇気をふりしぼって母の好きだった『オリビアを聞きながら…』を歌った。
歌い始めてすぐに恥ずかしくなり、声が震えだした。1曲歌っただけで走るように帰った。立ち止まる人は全くいなかった。
考えられない位の緊張だった。
この日の夜、母に弱音をはく。
期待とは裏腹に叱咤激励の言葉をかえされた。
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